マイナンバー可能性と課題(中)

マイナンバー可能性と課題(中)
課税・給付に積極活用を 佐藤主光 一橋大学教授
2015/4/16 3:30 朝刊
 来年1月から税制、社会保障、災害の分野で、社会保障と税の共通番号(マイナンバー)制度の利用が始まる。
 税制では確定申告書、法定調書(源泉徴収票など)にマイナンバーが記載されることで、名寄せやマッチング(突合)がしやすくなる。給与・不動産収入など複数から収入を得ている納税者の所得把握の精度が上がるほか、所得税・個人住民税の扶養控除における被扶養者の所得要件の確認などに役立つ。


 社会保障では年金の資格取得・確認や年金受給、医療保険料徴収などの医療保険者における手続き、生活保護の実施など低所得者対策の事務に用いられる。所得証明書といった申請時の添付書類の簡略化により利便性が向上する。
 マイナンバー制度は所得把握の精度や給付申請の利便性の向上といった税制・社会保障制度の改善(特に執行面)に寄与するだけではない。税制と社会保障の連結・一体化も進めやすくなる。
 実際、社会保障の給付や保険料の決定で所得情報が用いられるケースは、国民年金保険料の免除申請や児童扶養手当の支給、医療費の自己負担に上限額を定めた高額療養費制度など数多い。児童手当も所得に連動するが、共働き世帯の所得は世帯合算でなく、年収の高い方でみる。
 消費税増税に際して実施された「簡易な給付措置」は、世帯員全員が市町村民税非課税の世帯を対象とする。保育料の減免は世帯収入を基準とするが、減免額は非課税世帯の間で同じになる。所得税・住民税の課税単位が個人であるため、従来、世帯単位での所得を把握するには自己申告によるなど課題があった。非課税世帯の場合、所得情報を得られない。このため児童手当や簡易な給付措置にあるような簡便法が用いられてきたが、低所得者対策としてきめ細かさに欠く面は否めない。
 マイナンバーがあれば、各個人の合計所得のほか、世帯単位での所得把握が容易になる。個人単位の所得課税と世帯単位の給付を連結できるほか、非課税世帯の収入も把握しやすくなるはずだ。所得情報活用の幅が広がるだろう。
 従来、所得情報は課税目的に税務当局・自治体が収集するもので、給付への活用は二次的にすぎなかった。今後は給付のための所得情報の意義も高まろう。特に非課税世帯は課税最低限の違いから、その属性は単身の勤労世帯から夫婦の年金世帯まで多様で、実態に応じた給付が求められてきた。こうした所得情報は、税制や社会保障の間で制度横断的に共有されるという意味で「公共財」としての性格をもつようになる。
 所得税と個人住民税の課税所得の統一(所得課税の対象年の一本化)も見えてくる。税制と給付を連結させた新たな制度として「給付付き税額控除」の実現性も増す。
 給付付き税額控除は、税額控除を非課税の個人・世帯にまで拡張する仕組みである。住宅ローン減税などの税額控除は所得税・住民税額から差し引かれる。現行制度では税額控除後の納税額が負になったとき課税は生じないが、マイナス相当分の還付も受けられない。給付付き税額控除は、控除しきれなかった金額を現金給付する点に特徴がある。
 海外の事例としては、米国における低所得の勤労者支援を目的とした「勤労所得税額控除」、カナダにおける消費税(GST)の逆進性対策である「GST税額控除」が挙げられる。英国では育児や勤労支援にかかる給付付き税額控除が、同国の給付制度である「ユニバーサル・クレジット」に一本化されている。
 これらの給付は所得とともに逓減する(図参照)。日本の児童手当の所得制限とは違い、一定所得以上で給付がゼロになる「壁」はない。勤労の誘因を損なわないためである。ただし税制と全く同じ基準で給付がなされているわけではない。英国では課税は個人単位だが、給付は世帯収入を基準とする。いずれにせよ正確な所得情報が不可欠だ。
 わが国で社会保障と税の一体改革にあわせ、税制抜本改革法では「給付付き税額控除等の施策の導入について、所得の把握、資産の把握の問題、執行面での対応の可能性等を含め」検討することになっている。現行の簡易な給付措置に代わり、消費税増税時の低所得者対策にもなりうるほか、ワーキングプアへの新たな支援として活用できる。マイナンバーの本格稼働と定着はその前提とされてきた。
 なお、事務負担上の困難があるならば、給付の窓口は税務当局(確定申告)や事業者(源泉徴収の年末調整)ではなく、給付事務を担ってきた市町村であっても構わない。これも所得情報が共有されていればこそ可能な連携だ。
 とはいえ、マイナンバー制度の課題は少なくない。2018年以降の預金口座への付番について義務化は見送られた。既存・新規口座を含め、任意でマイナンバーを銀行に登録するにとどまる。土地・住宅など固定資産への付番も政府税調で「現在の不動産登記は必ずしも真の所有者を示していない」ことなどから、「実務的な検討が必要」とされた。資産の多くを占める預金口座や固定資産へのマイナンバー適用は、社会保障給付の資格要件や保険料の設定において公平な負担を実現するためにも欠かせない。
 「社会保障制度改革国民会議報告書」は、これまでの「年齢別」から「負担能力別」に社会保障費負担のあり方を転換すべきだとする。高齢世帯の場合、年金収入などの所得は低くても金融資産を多く保有するケースがあり、負担能力は所得だけで測れない。例えば、収入200万円未満でも貯蓄などが2千万円以上の高齢夫婦世帯の割合は同世帯の8%あまりとされる(09年全国消費実態調査)。
 そこで、介護施設などの食費や居住費に対する介護保険の補足給付の資格要件として、市町村民税非課税のほか、預貯金などが一定額以下であることが加わった。しかし、預貯金などは自己申告に基づく。また、高齢者の医療・介護保険料や自己負担は所得に応じるが、資産は考慮されていない。だからこそ「資産を含め負担能力に応じて負担する仕組み」の構築にはマイナンバーが必要となる。
 預金口座への適用拡大は利子所得と他の金融所得の合算を可能にする。これは金融所得課税の一体化に資することになる。現在、利子、配当、株式譲渡益課税は、地方税を含めて一律20%で課税されている。他方、損益通算の範囲は上場株式等の譲渡損益や配当所得等にとどまってきた。16年からは特定公社債等に拡大されるが、いまだに利子所得は対象になっていない。
 リスクの高い投資にかかる損益が安全資産である利子所得と損益通算できるようになれば、投資家にとってリスク軽減につながる。利子所得からの損失控除により、利子所得にかかる課税が減じられることでリスク投資の課税後収益率の変動幅が抑えられる。政府は税収の増減を通じて、リスクを投資家と分担する形になる。その結果「貯蓄から投資」が進み、株式などリスク投資の喚起が期待できる。
 なお、金融課税の一体化については、マイナンバーは選択制のままでも実現可能である。率先してリスクの高い投資をする投資家にとってみれば、マイナンバーの利用は利益にかなうからだ。
 無論、マイナンバーがあっても自営業者などの事業所得の捕捉の精度が上がるわけではない。売り上げを過少申告したり、光熱費などの消費支出を経費として控除したりするならば、事業所得自体に不正確さが残る。こうした「クロヨン」とやゆされる所得捕捉の格差は是正されねばならない。その目的は税収を上げることではない。むしろ、サラリーマンを含む一般の納税者からの税制・社会保障への信認や、マイナンバーを通じた公共財としての所得情報の価値を確保するためである。
<ポイント>
○税制・社会保障の連結・一体化進めやすく
○預金口座や固定資産への制度適用が必須
○税務当局は事業所得の捕捉の精度上げよ
 さとう・もとひろ 69年生まれ。カナダ・クイーンズ大博士。専門は財政学

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です